そのときの状況

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いろいろとご心配をおかけしております。
励ましのお言葉ありがとうございました。たいへん嬉しく思います。
少しではありますが、冷静に事態を把握、分析できるようになったので、その日の状況を書き留めたいと思います。

自宅に帰ってきたのは午前0時半ぐらいでした。
鍵は間違いなく閉めました。
軽い食事をとって、Macでメール等をチェックしました。
遅い帰宅の場合、いつもならシャワーで済ますのですが、この日ばかりは疲れがたまっていたのでバスタブに浸かることにしました。
少しぬるめのお湯で気持ちよく入浴しました。40分ほどです。
脱衣場で着替えをして、頭を拭きながらリビングに戻りました。
ふと、デスクの上に目がいきました。
Macの姿がありません。
さっきまで使っていたのに、「あれ、バッグの中だっけ?」などと、おまぬけなことを考えながらパソコン用のバッグがかけてあるフックを見に行きました。
フックは並んで二つあります。
ひとつにテニス用のリュック、そして、私にとっては高価なネイビのリュックが重ねてかけてあり、もうひとつにパソコン用のバッグがかけてあります。
目の錯覚かと思いました。
心臓が早鐘を打ちます。
その場所にあるはずのリュックの姿がふたつとも消えていたのです(PC用はなぜか残っていました)。
玄関のドアを見に行くと、解錠の位置につまみがきています。
頭が凄まじい速さで回転するものの、事の大きさに空回りです。
全身の血が失われたような感覚におそわれながら、警察に電話をしました。
警察が来るまでの間、リビングをくまなく見て回りました。
私が入浴している間に、見知らぬ男(たぶん男)が、部屋をうろついていたという薄気味悪い現実をなかなか受け入れることができません。
そして、あるはずのものがなくなっているという状況が、これほど不気味なものだとは思いませんでした。
iPod(なぜかイヤホンだけ残されていました)、
ケータイ(すぐに止めました)、
テニス用のリュックに入っていた小さめの財布と、免許証、パスネットなどが入ったパスケース。
パソコン用のバッグに入れていた、あらゆるカード(すぐに止めました)が入った札入れまで、ご丁寧に抜き盗られていました。
リュックに入っていた本2冊と他の細々とした物も、もちろんなくなっています。

20分ぐらいして警察の方が3人やってきました。
事情聴取、実況検分が朝までかかりました。

一睡もせず、ほとんど何も食べず、その日はあらゆることに奔走しました。

地獄の底

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やられました。
すべてをやられました。
Mac(PowerBook G4)、ケータイ、カード類、現金、バッグ、iPodなどなど。
真っ暗な一日を過ごしました。
全然笑えない一日でした。
食事も喉を通りません。
命の次に大切なMacまで・・・。
「死」という文字が脳裏にちらつきます。
しばらくこの暗闇は続きそうです。
私のケータイおよびMacにアドレス等、入っていた方
個人情報が漏れてしまったこと深くお詫び申し上げます。
こんな私を見放さず、ご連絡いただければ嬉しいです。
ケータイ機種は新しくなりましたが、番号、アドレス変更ありません。
パソコンも使える環境にあります。
申し訳ありませんがよろしくお願いいたします。

おめでとう。そして双子の確率の低さ

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昨日、もっとも大切な後輩の一人である男の結婚パーティーがあった。
おめでとう。
式は今月一日に彼の地元で終えていたが、神奈川、東京の仲間たちにもお披露目をしてもらおうということで、遠路はるばる呼び寄せたのだった。
発起人、および幹事として、最高の演出と仕切りをしなければならない、と臨んだものの、いくつかの小さなミスと、ひとつの重大なミスをしてしまった。
それでも周りの人たちに助けられて、なんとか無事終えることができた。
ありがとう。
司会をお願いした新郎の同輩は、二日前に付き合っていた彼女と別れたばかりで、
「泣きながら、喰いながら、司会します」
と、弱気なんだか強気なんだか、よくわからない発言をしていたが、最後まで場を盛り上げてくれた。
ありがとう。

新郎新婦は、お互いに、通り過ぎる人を振り向かせるぐらいの外見上の魅力と、一度話すと引き込まれてしまう内面上の魅力を兼ね備えていて、彼らの周りには常に華やかな灯がともる。
新婦は、私の理想がそのまま殻を破って出てきたような女性で、双子のお姉さんか妹がいたら紹介してほしい、とお願いしたが、もちろんそううまく事が運ぶわけもなく、世の中甘くはないということを改めて教えてくれたのだった。

黄色

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黄は私のラッキーカラーのひとつです(個人的な思い込みにすぎませんが)。
レモンイエローのような明るい黄よりも、少し赤みの加わった暖かい黄色が好きです。
具体的にいうと、シャンパンのVeuve Clicquotのイエローラベルのような色(個人的に思い入れがあります)。

私が小さい頃、「ゴレンジャー」という子供向けのヒーロー番組がありました。
赤、青、黄、桃、緑の5色それぞれにキャラクターがいて、多人数ヒーローものには必ずある性格づけが、きっちりとなされていました。
赤はリーダー。
青はクールなNo.2
桃はセクシーな紅一点。
緑は小柄で敏捷さが売り。
そして黄。
黄はカレー好きの太っちょ。でも力持ち。
・・・思い悩みました。
どうして私の好きな黄色がこういう扱いなのかと。
それからの人格形成に多大な影響を及ぼしたような気がします。

黄色いバラも好きなんですが、あの花言葉もあまり良くないらしいですね。

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長く続いた雨が終わって、今日の横浜は久しぶりの青空でした。

射す光は夏のようでしたが、時折吹く風には心地よい冷たさがありました。

雨が降る前、街では見かけなかったトンボが今日はいたる所に。

秋ですね。

「奇譚 Light」

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それほど頻繁に連絡をとっているわけではないのに、何故かその人のことが頭に浮かぶことがあります。
すると、かなりの高確率で、その人からメールや電話などがきます。
こういう小さな偶然(といっていいのでしょうか、なんらかの脳のはたらきがあるのでしょうか)は、私だけではなく、きっとみなさんの日常にも溢れていることと思います。

十年ぐらい前のくだらない偶然のカサナリにすぎませんが、おもしろい思い出となっているものがあります。
その日、私は伊勢佐木町の有隣堂(本屋)で民俗学関連の棚を徘徊し、「韃靼人(だったんじん)」について一部書いてある本を立ち読みしました。
なぜ、そこでその本を手にとり、ほんの少ししか書いてなかった彼らの章を読んだのかよくわかりません。
なにかに導かれるかのようにそこを読んだのです。

その後、本屋を出るとすぐ、友人に偶然出会いました。
その友人は、近くに小洒落たダイニングバーができたから行かないか。と私を誘いました。
馬車道の裏手にあるその店は、少し前にオープンしたばかりで、もちろん私はそこに行ったことがありません。
店の前にはイーゼルと黒板が。
そこには「本日のおすすめ」として、「ホタテとマグロのタルタル」が書いてありました。
まず、私はここで「おっ」と思いました。
「タルタル」と「ダッタン」は同じです(ハポンとジャパンのように)。
なんという符合!と一瞬思いましたが、ダイニングバーにタルタルがあるのは珍しいことではありません。むしろ当たり前のことです。

店内は、程よく照明が落とされ、クラシック曲が低く流れていました。
私はBGMにお気に入りの曲が流れると、会話中であっても頭の半分はそちらにいってしまいますけっして会話を疎かにしているわけではないのですが)。

少したって、キッチンの方から私たちの方へ料理が向かってきました。
テーブルの上に置かれた大きな皿の中央には、小さなコロッセオのようにマグロとホタテが築き上げられていました。周りの緑が森のようです。
バルサミコとマヨネーズソースと山葵の比率が絶妙。
ルッコラとの相性もいいね。
(その後、このタルタルは私の得意料理のひとつとなりました)
などと舌鼓を打ちながら友人と話していると、曲が変わりました。

流れてきたのは、ボロディンの「ダッタンジンの踊り」でした・・・。

この奇妙な符合を機に、お互いが経験した偶然のカサナリを肴にしました。

なんか、いざ書いてみると、全然大したことのない話ですね・・・。
すいません。

少子化

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昨日、日頃お世話になっている先輩のところに赤ちゃんが誕生しました。
おめでとうございます。

私の周囲で今、出産ラッシュが起きています。
先月も二人、先々月も二人。
来月も二人、再来月も一人産まれる予定で、ほんとに少子化なの日本?と疑問を感じるぐらいです。

ニューヨーク大停電から然るべき後、史上空前のベビーラッシュがNYで起こったそうです。
今日はこの区、明日はあそこの区、なんていう感じで地区ごとに日替わりで、意図的に送電を止めれば、少子化なんてすぐに克服できそうです。
それに乗じた犯罪も増えるでしょうけれど・・・。

はじめての言葉

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今朝、テニスコートでボールを集めていると、隣のコートから
「あらやだ、これ猫のフンかしら・・・、木っ端かしら・・・」
という声が聞こえてきた。
隣のコートでテニスをやっていたご婦人もちょうどボールを拾っていたようで、コートの隅でそれを発見したらしい。
ちょくちょく顔をあわせる方だったので、そこまで行って(2メートルほどですが)問題の物体を見た。
砂に半ば埋もれたその茶色の物体、よく見ると杉か松の樹皮の一部のようだ。
「木っ端ですね」と私は言った。
言ってから気がついたのだが(ご婦人の言葉を聞いたときにはすでに耳慣れなさに脳がむずむずしていたのですが)、私はこの「木っ端」という言葉を使ったのは生まれて初めてのような気がする。
「木っ端微塵」とか「木っ端・・・の分際で」などといったように「木っ端」が頭について形容詞的働きを担う言葉は何度も用いてきたが、純粋に木っ端を「木っ端」として表現したのは初めてだ。

知ってはいるが、それを実際に口に出して使ったことがないという言葉は結構たくさんある気がする(すぐには思いつきませんが・・・)。
専門的なものやカタカナ表記する用語の中には、それこそ気が遠くなるほどあるだろうが、昔から日本の日常の言葉として使われてきたものの中にそういう言葉を見つけるのは、思いのほか楽しい。