最後の滴

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ティーポットからカップに落ちる、最後の滴があります。
その紅茶の美味しさが最も凝縮されている滴と言われ、「ベストドロップ」と呼ばれています。
色も香りも味も最高のものが詰まった、その一滴がカップに落ちて波紋を描くとき、ちょっとしたセンチメンタリズムにとらわれることがあります。

10 Creators projectの一環でBlogを依頼され、3ヶ月がたちました。
今回のエントリーで、私のノートは最後になります。
最初は、どうなることかと心配していましたが、多くの方に見て頂けたようで、とても嬉しく思います。
また、たくさんのコメント、メールをいただきました。
こちらもたいへん感謝しております。
これらがなければ更新頻度は最低ラインの週1になっていただろうことは、想像するに難くありません。

たくさんの方と出会え、また自分を見つめなおす良い機会をくださった、NEC FOMA 700iスタイルプラス 10 Creators project関係者の皆様、そしてLOFTWORKの皆様、本当にありがとうございました。

またどこかでお会いできることを願って・・・。
みなさまお元気で。
Ciao!

残ってきたもの。

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時間という篩にかけられて残ってきたものには、
人々の心を打つものがあるように思う。
そのようなものに対して、
きっかけとちょっとした継続さえあれば、
よっぽど生理的に受けつけないもの以外なら、
案外すんなりと心の中に担当部署ができるような気がする。
そして、それらを鑑賞するのに最適な担当者がすっと前に出てくる。
絵画部後期印象派課オリエンタリズム係の出番。
音楽部バロック課鍵盤係の出番。
書物部平安文学課手弱女係の出番。
なんて感じで・・・。
でも、担当部署のみんなが出払っていて、
とてもその気になれないという時もある。
そういうときは、考えただけで億劫になる。

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若いころは、すぐ口に出して言えたようなことが、

歳をかさねるにつれ、なかなか言えなくなってくる。

口に出してしまいたいことを自分の中にためているのはけっこう重い。

そのつらさを減じるために、鈍感になる道をみずからが選ぼうとする。

若いころは、なかなか気づけなかったことが、

歳をかさねるにつれ、すみやかに把握できるようになってしまう。

把握したその事柄が一人歩きすることがある。

そして、いくつもの罠をこしらえていく。

その罠にはまらないようにするために、鈍感になる道をみずからが選ぼうとする。

でも、鈍感になんて決してなれない自分がいる。

歩み寄り。

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大きな声では言えないが、たまに人前でチェロの演奏をしてみたりする(反社会的であり、自虐的な行為です)。

以前、ピアノとのデュエットで、自分の音程が外れまくるという瀕死の経験をしたことがある。
あまりの酷さに、これが終わったら永眠してしまおう、とその時は本気で思った。
聴かされた方もたまったものではない。
その後、三日ぐらい悪夢にうなされたことだろうと思う。

ピアノの音は絶対的なものなので、こちらのほんのちょっとの音の狂いが如実に現れる。
「今の音は僕が正しいんだもん、ピアノが違うんだもん」などとは絶ーっ対に言えない。
チェロ同士であれば、聴いている方は、よほど正しい音感を持っている人でない限り「ん?今のどっちが外したの?」と思ってくれるので、人のせいにできる(笑うところですよ)。
また、演奏をしている方も、ヴィブラートをかけながらの、お互いのきわめて微かな歩み寄りみたいなものがあるので(いけないことなんですけど)、それほどの大事にはいたらない(いたるんですけど)。

こういうのって楽器だけではなくて、人同士もそうだなあと思った。

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玄関のドアを開けて外に出ると、大きなカマキリがドアノブの所にくっついていた。
ネイビーのドア、シルバーのノブ、イエローグリーンのカマキリ。
絵としては美しい・・・。
しかし、そんなことを思ったのは事が終わってからの話である。
あまりの事態に、右に2メートル、サイドステップを使って瞬間移動した。
外国人が見ていたら「オー、ニンジャ!コンナトコロニイルンデスネー」などと言っただろう。
大人として恥ずかしい。周りに誰もいなくて良かった。

昔は、カマキリなんか平気で素手で捕まえていたが、今はまったくダメになってしまった。
ただの有機化合物のカタマリにすぎないじゃないか、といつも思うようにしているのだが、やっぱりダメなのである。
どこがダメなのだろうか。
分析すると、2つのキーワードが見つかった。
腹と羽である。
ある種の虫が持つ生々しい独特の腹、そして空中を自在に飛びまわれる能力。
全体がキチン質で覆われたカブトムシやクワガタの甲虫類や、トンボのようにシャープなボディに澄んだ羽を持っているのなら、季節の風物詩ということで楽しむ心の余裕もある。
しかし、ぱんぱんに張っていて、柔らかそうで、勝手に動いて、種類によっては蠕動する腹を持つ虫がダメだ。
その腹部が大きければ大きいほど戦慄の度合いも大きくなる(さらにはそこからハリガネムシなんかがびゅるびゅると出てきたりしたら確実に気絶する)。
そんな腹を持つものが、なおかつ羽まで備えていて、悪意に満ちた汁みたいなものを口とか腹部の孔から滴らせて部屋の中に入ってきたりしたら、「すいません。今すぐ私がここから出て行きます。もう帰ってきませんから」ということになる。

「精神的虫害保険」などという商品がどこかから出たら真っ先に入ろうと思う。

オーストラリアのアボリジニや、ジャングルの奥地に住む民族などが、生の芋虫をむしゃむしゃ食べる映像をたまに見かける。
一気に血圧が低くなっていく。
口の中に入った芋虫のテクスチュアを前面に押し出すカット割りの、弱い者(私のことですけど)いじめをしているとしか考えられない映像もある。
そういう場所で、絶対にフィールドワークなんかできないなぁと思う(そういう仕事に就いていないんですけどね)。

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いつも掛けてある場所に車の鍵が無いことに気付いた。
物をなくしたり、忘れたりすることがあまりないので、つかの間、これって夢?と錯覚した。
前回、車を使った日のことを回想した。
水曜の午前に車を使い、帰宅したときは、同じキーホルダーに付いている部屋の鍵で解錠した。
外でなくすことは考えられない。
午後に出かけたときは電車を使ったため、車の鍵が付いていない方のキーホルダーを持って出かけた。昨日もその鍵束だ。
間違いなく部屋になければならない鍵がなくなっている。
予定をキャンセルして部屋中を捜索したが、けっきょく見つからなかった。

とりあえず明日、鍵をつくることにした。
不気味さが拭いきれない。

「ティラミス」

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「世の中には、この人が頑張っているから自分も頑張れる、という人が何人かいる」
よしもとばななさんが、画家の奈良美智さんを差して言った言葉です(細かなところは違うかもしれませんが、ニュアンスはこんな感じです)。

私にもこの言葉が意味する人たちが何人かいます。
いずれの人も輝いています。
才能のものすごさを感じます。
外に発する激しいエネルギーと、内に秘めた強烈なパワーを感じます。
ちょっとへこんだりしたとき、こういう人たちと会って話をしただけで、知らず知らずのうちに元気になっていたりします。
それと同時に、自分の無能さを感じ、頑張らなきゃ、と本当に、切実に、思います。

生き方が人に影響を与えるってすごいことです。

パスタつながりでもうひとつ。

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世の中にはいろんな形のパスタがあります。
蝶々だったり、リボンだったり、ペン先だったり、貝がらだったり・・・。
アルファベットは言うに及ばず、動物みたいなものまで。
イタリアやるじゃん、と思います。

日清製粉・開発研究室(こんな研究室あるのかどうか知りませんが)に企画参加してもらってこんなイベントがあったら楽しい。
何人かのアーティストがデザインしたパスタを実際につくって、それをおしゃれなカフェで日替わりのランチメニューとして出す、なんていうやつ。
パスタをデザインしたアーティストはそれに合ったソースもつくらなければならない。
料理のプロとのコラボもあり、なんていうかたちで。
大胆なデザインには濃いソースをぶつけ、繊細なパスタにはさらりとしたソースを。
ちょっとおもしろそうだなと思います。

ブルーそしてブルー

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「部屋をブルーと白で統一したい」というギリシア好きの友人のために、部屋の壁と天井を白いペンキで、ドアや桟、窓枠をブルーのペンキで塗る手伝いをしたことがある。
「業者に任せた方がいいよ」と進言したのだが、
「素朴さをだしたい」ということで却下された。
少し古く、味のある部屋だったので、それもそうかなと思い手伝うことにした。
ダイニングと、それにつながるリビングを白で塗った。
壁を塗るのはそれほど苦ではないのだが、天井にローラーをかけるのに辟易した。
ずっと上を向いていなければならないので、首に相当の負担がかかった。
一日かけて塗り終えたが、肩も首も自分のものではないようだった。
スタンダール症候群にならなかったのが不思議なくらいだ。

記念にブルーパスタをつくろうということになった。
用意したものは、強力粉、薄力粉、卵、塩、オリーブオイル、そして主役のブルーキュラソー。
黄身を入れるとグリーンになりそうだったので、卵の白身だけを使い、ブルーが奇麗に出るようにした。
少しずつ生地にキュラソーを練り込んでいく。
苦みをもったオレンジの香りが部屋中に広がる。
生地をこねながら「青い料理はなぜ人の食欲をかき立てないのか」という話になった。
太古から自然界に存在する青いものは毒として認識されてきたから。というのが一応の結論になったのだが、本当のところはどうなのだろう。
冷蔵庫に少しおいてから、打ち粉をしてタリアテッレに切り、ラップをして、また冷蔵庫に寝かせた。

脂多めのベーコンを柱状にカットし、かりかりになるまで熱した後、ベーコンを取り出す。
溶け出した脂の中にパルミジャーノ、クリームチーズと生クリームを入れる(ゴルゴンゾーラを使用する予定でしたが、ブルーキュラソーと味がぶつかりそう、ということでこれまた却下)。
塩、ブラックペッパーで軽く味を整える。
取り出したベーコンに茹でたアスパラの輪切りを投入、塩とブラックペッパー少々。
ソースとトッピングは出来上がり。
同時にカラマリもつくった。

青い麺を茹でる。
生なので3分ぐらい。切れないように丁寧にお湯に入れる。
慎重にお湯を切って白いプレートにのせると、宮廷で恥ずかしそうに身をよじる青い貴婦人という風情。
ドレスを着せてあげるようにソースをかけてあげ(本当はからめた方がいいのでしょうけど、青を強調したかったためこうなりました)、ティアラを頭にのせてあげるように、そっとベーコンアスパラをトッピングした。
完成。
「部屋に同化している」と笑った。
ブルーパスタ、カラマリを前にウゾで乾杯。

パスタ自体の味は少し苦みがある程度(だったような気がします)で、ソースの邪魔もしなかったし、後味も悪くなかった。

ところで。
青いうどんというのはどうでしょうか。
和を重んじ、ここはキュラソーの代わりに藍を使用します(身体に障るかもしれませんが)。
うどんつゆの中にブルーの麺が沈んでいる。すごい絵です。
釜あげ青うどん。
誰か挑戦してくれないかなと思います。

「紅一点」

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「紅一点」。
私はこの「紅一点」という言葉や文字からは、白の中に赤の点という情景しか頭に浮かべることができない。
雪原にひとつだけ落ちているナナカマドの実のような。そんな感じ。

小さい頃、トランプで好きなカードは「ハートのA」だった。
普通、男の子だったら「スペード」になりそうなものだが、私は「ハート」が好きだった。
それも「A」でなければだめだった。
あの、白地に赤のワンポイントにやられるのだ(カードは周りにもいくつか書いてありますが、中央部ということで)。
ダイヤも同じ赤だが、ハートほどではない。曲線でかこまれた、あのやわらかいデザインにやられているのだと思う。

「紅一点」の語源は、ざくろの赤い花がひとつだけ咲いているところから来ているらしい。
「多数の男の中に、一人の女性」というのが現在の語義(余談ですが、男一人の場合は「黒、白、緑一点」などいろいろ使われ、男ばかりの場合は「緑一色」らしいです)。
語源も語義も、濃いグリーンの中に、あるいは黒の中に赤のポイントをイメージしてしまう。
なんか目立つかもしれないが、個人的にはいただけない。

まとまりのない話になってしまいましたが、今日8月10日は「ハートの日」だそうです。
なにはともあれ8月10日生まれの方、おめでとうございます。