Jasminum officinale

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ひとつの香りは何種類もの「香りのもと」から構成され、それらが複雑に絡み合って存在している。
そして、その香りの特性を決定づける化学成分が多くの場合入っている(ラベンダーにはラバンデュロールという成分が、ジャスミンにはジャスモンが、など)。

ネコ科の動物にまたたびが効くように、私にはジャスミンが効くらしい。
ジャスミンの匂いをかぐと、全身から力が抜けていく。リラックスしすぎの状態になる。
催淫作用があるので、ちょっと気を抜くと目も口も半開きになって、なんかいろんなものを垂れ流してしまいそうだ(でも、一応大人ですからちゃんと正気は保ってます)。
もう終わってしまったが、毎年4月終わり頃から5月の中ほどにかけて、近所の生け垣のジャスミンが一斉に白い花を咲かせる。
その生け垣の幅は10メートルぐらいあるので、見た目も匂いも強烈な世界をつくる。
月明かりの下そこを通ると、怖いぐらいの「生命力」を感じる。
今年も2週間ほどであったが、そこを通るたびにちょっと幸せな気分に浸れた。

何年か前に、仲の良い友人(テニスばりばりの硬派な男であり、写真家でもあります)と二人で、何の因果かアロマテラピーの資格をとることになった。
日本アロマテラピー協会(今は名称が変わったみたいです)主催の試験会場は女性ばかりで、ずいぶん肩身の狭い思いをしたことを覚えている。

梅雨の晴れ間

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梅雨の晴れ間が続く。
先日、ベイブリッジのほぼ真下にあるコートでテニスをした。
大黒埠頭を間断なく通るトラックの数が中途半端ではない。
もともと白いネットストラップは煤で汚れ、まだ新しいステンレスのベンチは早くも輝きを失っている。
相当に大きな声を出さないと、ネットの向こうにいる相手にまで届かない。
でも、なぜかテニスには集中できた。
うるさいはずの騒音が、海の中に潜ったときに耳の中で鳴る音に似ていた。
コートの外では、夕顔の大きな蕾が陽が傾くのを待っていた。

香りについて思うこと

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以前、香りをモチーフにした作品の展覧会を開いた。
ひとつのパネルを、意図された様々な色と形の「香」という文字で埋め尽くし、ひとつの香りを表現するというもので、「香りの視覚化」がテーマだった。
微粒子として空気中にある香りは拡散し無くなってしまうが、その作品は、朽ちるまで永きにわたって香りを発し続ける。

香りは夜になると濃密に感じる。
視覚情報の減退といったものが関係しているのだろうと思う。
電気を消した途端に時計の秒針の音が聞こえだすように、他の感覚器官に入る情報を少なくすると、意識した感覚が鋭敏になる。

フランスの香水に「VOL DE NUIT」というものがある(どんな匂いか知りませんが)。
直訳すると「夜間飛行」だそうだ。
漆黒の闇を抜けて目指す人まで届く、意思を持った粒子を想起させる。
他の感覚などとは関係なく、香りや匂いは夜になると、こんな風にして意図した行動に出ているのかもしれない。

ありがおつ。

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急いでキーを打っていると「ありがとう」が「ありがおつ」になることが頻繁にある。
右の運指のスピードに左の指がうまくシンクロしないのだ。
楽器がなかなかうまくならないのも頷ける。

メールではこの「ありがおつ」が頻出する。
深夜というか早朝、あと3分後に脳の活動を停止します、なんて状態のときに打つメールなどは、ぼーっとしながらざーっと打ってチェックせずに送信、なんてこともあるため、後で読み返してはっとするときがある。
こんな言葉もらっても字面が悪いし、有り難くないし、だいいちこれは「言葉」ですらないなぁ、と思う。
まぁ、ぼーっとしながらざーっとメールを打つ相手は気心の知れた人ばかりなので、大事には至らないのだが。

言葉(書き、話し、含めて)はどんどん変化していくので、私のような人間がたくさんいたら(私だけでしょうね、きっと)、いつの日か、「ありがおつ」が市民権を得る日がくるかもしれない。

I’ve lost

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友人がスウェーデンに帰った。
彼女は中国の生まれで、ご主人がスウェーデン人。
ご主人の仕事の都合で、5年間住んだ日本を後にした。
彼女は私よりいくつか年下なのだが、とても落ち着いていて、少しのことでは揺るがない信念のようなものがあった。
そして、5年も日本に住んでいたにも関わらず、日本語が話せなかった。
中国語、スウェーデン語、英語は話せるのに、日本語がまるでだめだった。
「私には難しすぎて・・・」と彼女は言った。
とても賢い人だったので、なんらかのきっかけがあって始めれば、すぐに上達したのにと今更ながら思う。
きっかけになれなかった自分を少し後悔している。

旅立つ前々日、彼女とゆっくり話す機会があった。
彼女が日本に初めて来た時、すべてがグレーに見えたという。
人も空も海も街並も。
この鉛色に囲まれた日本を彼女はとても嫌った。
ホームシックの毎日が続き、彼女の気持ちもその色に沈んだ。
しかし、多くの日本人と触れ合い、日本の文化を少しずつではあるが理解していくうちに、いつしか並々ならぬ愛着を持つようになった。
それこそ私たち日本人が持つもの以上に。
そんな話の流れから、彼女がとても面白かったという映画を私に勧めてくれた。
「Lost In Translation」
今日、そのDVDを買って家に帰って来ると、彼女が出発当日、成田から投函した手紙が届いていた。
私がアヤメ好きなのを覚えていて、わざわざ切手もそれにしてくれたのだと思う。
彼女のこういう繊細な心遣いがとても嬉しい。

「日本に来て本当に良かった。今は日本が大好き。また戻ってきたい」
彼女は最後にそう言った。

これからDVDを観る。

Superb!

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今日は知人宅でパーティー。
その中からいくつか抜粋。

「キングサーモンはらす御飯」
くどいぐらいに脂ののった、キングサーモンのはらすに塩をまぶし、30分ごとに天地して2時間。
塩を拭き取り、ホワイトリカー、酒、醤油、の混合液に2時間半浸ける。
きっちりと焼いて、少しかための御飯に載せる。
うまい。

「ちりめん山椒御飯」
シラス干しを醤油、酒、氷砂糖で煮る。
色むらができないように、鍋の中でシラスをドーナツ状にし、
真ん中に溜まった地をまんべんなくかけながら煮詰める。
適当なところで山椒の粒を投入。
鍋から盆ざるにあげ、扇風機の前で完全に熱をとばす4~5時間。
これもむらができないように、たえず手をかける。
少しかための御飯に載せ、その上から大葉の千切りを散らす。
うまい。
御飯にちりめん山椒を混ぜて、焼きおにぎりにしても美味。

「刺身盛り合わせ」
大トロ、赤身、ともに宮崎で捕れた本マグロ、一度も冷凍していない本物の生。
大分で捕れた天然の真鯛。
すべてサクで購入。
ハナホ、大葉、赤芽、大根ときゅうりのツマ、本わさび。
この大皿の上にあるだけで、お店に出ると6~7万円(贅沢すぎて鼻血が出ます)!
うますぎ。

「エビ入りペペロンチーノ」
フライパンにオリーブオイルをひき、ニンニク、鷹の爪を入れて熱する。
殻つきシバエビを投入。
茹で上がったパスタを投入。
ゆで汁を入れ、オイルと乳化。
うまい。

※炭水化物が目立つ内容ですが、もちろん他にもいろいろありました。
これも炭水化物系になりますが、たこやきで作ったクロカンブッシュが一同の笑いを誘いました。

捨てられない症候群

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なかなか捨てられない。
紅茶の葉なんかが入っていたちょっと気の利いた缶とか箱とか
服なんかが入っていたちょっとおしゃれな紙袋とか
その昔ちょっとした液体なんかが入っていた形も色も良いガラス壜とか
そういう邪険に扱うにはしのびないデザインの物がなかなか捨てられない。
いつか使う日が来るかも!といった期待はそれほど報われず
使わないままどんどん溜まっていく。
勇気をふりしぼって、半年に一度ぐらいの割合で大量破棄する。
次からは、外装、容器の類いはすぐに捨てる!と心に誓う。
でもいつの間にか、缶や箱はバベルの塔のように空に向かい
紙袋はシェイクスピア全集のように隙間を埋め
ガラス壜はブナ原生林のように林立する。

プルースト効果

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「それ」をかぐと、それにまつわる極めて印象的な情景が見事にフラッシュバックされるという、自分にとって特別な匂いがいくつかある。
マルセル・プルーストの小説「失われた時を求めて」の第1巻に、主人公が紅茶に浸したマドレーヌを口にした瞬間、昔の記憶を取り戻すという有名なシーンがある。そこからこの現象はプルースト効果と名付けられたらしい。

私にとってのその特別な匂いは、その辺に日常的に存在するものもあれば、なかなか普段はお目にかかれないものもある。
そして、それらはすべて共通する現象を引き起こす。
手垢にまみれた表現で申し訳ないが、「胸がきゅんとする」のだ。「きゅううん」とちょっと長めになるときもある。
思いがけないところで、ふとその匂いが漂ってくると、脳裏にその思い出のシーンのカットが何百枚も何千枚も一瞬のうちに流れる。その場にしゃがみこんでしまいたくなるぐらいのすさまじい量だ。
しばらくの間、その膨大な映像を自分なりに消化し、余韻に浸る。
隣に誰かがいても、しれっとした顔でそうする。

なぜか悪い記憶を喚起する匂いというものはない。
たぶん、厭な状況に身を置いているときというのは、嗅覚など無意識にシャットアウトしているからか、それを感じる心の余裕がないからなのだろう。

香りや匂いを楽しむ心の余裕はいつも持っていたいと思う。

「失われた時を求めて」は10年以上かけて、まだ5巻の途中。
遅々として進まず、いつも途中で他の気になる本に乗り換えてしまう。
次に手をつけるときはストーリーなんかほとんど忘れているので、また1巻からぱらぱらとページを繰って思い出さなければならないし、探すのも面倒くさい。
3歩進んで2歩下がる的読書である。
「源氏物語」もそうだ。
死ぬまでに読破できるのだろうか・・・。

かごの中の風景

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一人暮らしのうえに料理をつくることが大好きなので、近くのスーパーで食材の買い出しをよくする。
そして、レジに並ぶ際、かごの中を見て愕然とする。
かごの中の風景がいつもほとんど変わりがないのだ。
いつも似たモノばかり買っている。
野菜、果物はこれら、魚介類はそれら、肉類はあれらという感じで、いくつかのパターンの組み合せが、かごを満たしている。
これではいかんと思い、新しい風を吹き込むと、それがしばらくの間続いてしまうなんてことになる。
うん、困った。こんなところで大嫌いな保守的な自分が出てしまうなんて。

最近、誰かのためにつくるということがなくなってしまった。
料理に対する意欲とか、感性とかいった部分が鈍化してきているようでならない。

ちなみに今日も愕然とした。

ちょっぴり嬉しい雨の日

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スターバックスによく行く。
依頼を受けたデザインの仕事をしたり、読書したり、最近はこうやって文章なんかも書いたりしている。
毎年、梅雨の時季はスタンプカードが渡される。
ドリンク1杯でスタンプ1つ。
雨の日はスタンプが2倍に。単純に嬉しくなってしまう。
スタンプ横一列でお好みのカスタマイズ。
今日は雨。一列たまったので、ホイップをラテにのせてみた。
ちょっとリッチな気分。